店から一歩外に出ると、待ち構えていたように涼しい夜風がフィアンヌの頬をくすぐった。その冷たさが酔った身体には心地よい。思わず彼女は一つ深呼吸をした。
「で、アタシに頼みごとって、一体何だい?」
夜風で幾分酔いが醒めたらしく、フィアンヌはちらりと辺りを見回した。どうやら他に神殿騎士が潜んでいる気配はない。
「ええ…あなたの腕を見込んでのお願いです」
アジュルノーは真剣な表情で頷くと、黙って目の前の噴水の近くに歩いていった。かつてサンドリアに実在した戦王アシュファーグが、唯一民のために遺したという、古い噴水だ。夜も更けて来たせいか、広場を通るものはまばらで、ただ噴水の水音だけが辺りに谺する。
「…実は、先日、私はとある密命を受けましてね」
声をひそめて、青年が話し始めた。
「ここでは詳しくはお教えできませんが、ある重要な物をオークから奪還してこい、との命なのです」
「へぇ…」
フィアンヌが適当に相槌を打つ。目は油断なく目の前の青年の上に置かれている。
「今回の作戦は、迅速かつ隠密に済ませなければならない…。ということで、この命を仰せつかったのは私一人だけなのです。」
アジュルノーが、目の前の女戦士に目を向けた。
「しかし、私一人ではあまりに荷が重すぎる作戦…。そこで実戦経験豊富な、しかも功績著しい冒険者を一人、応援として任命してもよい、と許可を頂きました」
「ははぁん…」
やっと合点がいったぞ、という顔で女はニヤリと笑った。
「で、その冒険者がアタシだ、と。そういう話かい」
「ええ」
「その話、断わる。…と言ったら?」
「結構ですよ。代わりに、あなたの先ほどの発言を騎士団に報告させて頂きますが」
へっ、とフィアンヌが鼻で笑う。女神に仕える神殿騎士が、よりによって脅迫かい。
「まあ、いいさ。脅迫されようがされまいが、アタシだって頼まれた仕事はきちんとこなすさね。…やってやるよ」
「助かります。もちろん、報酬はきちんとお渡ししますよ」
アジュルノーが深々と頭を下げた。
「それでは、詳しいことは当日お話致しましょう。…そうですね、今日から三日後、南サンドリアのチョコボ厩舎の前で朝の7時に、ではいかがです?」
「ああ、いいだろう」
「…それから、今回の作戦は非常に重要な作戦です。くれぐれも他言なさらないように」
青年の言葉に、女は適当に頷いておいた。
「めでたき戦勝祝いの席をお邪魔して、申し訳ありませんでした。…では、三日後に」
最後にびしっと敬礼すると、神殿騎士の青年は宵闇に消えていった。
フィアンヌが再び席に戻って来ると、仲間たちは皆、不安そうに彼女を取り巻いた。
「ど、どうだった?お咎めなしか?」
「一体何の話だったんだ」
どっかりと椅子に座ると、彼女は再びアクアムスルムの瓶をつかんであおり始める。
「ああ…仕事を頼まれた。あいつのお仕事を手伝えってさ」
けろりとした彼女の態度に、男たちから安堵の溜息が洩れた。もし彼女が不敬罪に問われでもしたら、追求の手が自分達にまで及ぶのでは、と内心恐れていたのだ。
「ああ…ちぇっ、なくなっちまった」
瓶の中のアルコールがなくなると、フィアンヌは不満そうな声を上げ、
「じゃ、アタシはこれで帰るわ。騎士様のお手伝いの準備をしなくちゃあね」
と唇を皮肉っぽく歪めた。そして、自分の分の代金をテーブルに置くと、しっかりした足取りで「獅子の泉」から帰っていった。
三日後。
まだ街が目覚める前の南サンドリアに、フィアンヌは足を踏み出した。準備は昨日までに済ませてある。力をつけるための食事、愛用の両手持ちの斧、いつもの愛用の鎧などなど。普段仲間と狩りに行くのと大して変わらない所持品だが、今回は長丁場になりそうなことから、薬品類も少々鞄に詰め込んで来ていた。
「それでは、お気を付けていってらっしゃいクポ〜」
彼女付きのモーグリも、いつものようにのんびりとした口調で主人を見送った。
まだ朝もやの残る街並みには、人通りも少ない。勤勉な労働少年が、朝早くから駆けずりまわっているのが見える。競売所の前には、早起きなのかそれとも狩りの帰りなのか、早くも冒険者の姿がちらほらと見かけられた。フィアンヌ自身も競売を覗きたい衝動を抑えつつ、そこで左に曲がる。チョコボ厩舎への通路だ。
通路を出ると、まだ約束の時間前なのに、アジュルノーが既に彼女を待っていた。「律義な奴…」とフィアンヌは口の中でだけつぶやいた。
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
屈託のない笑顔で、アジュルノーが手を振った。
「おはようさん。意外と朝早いんだね、あんた」
「神殿騎士団での生活は、毎日がこんな感じでしたから」
「ほう」
アジュルノーの方も、先日と大して変わらない装備だった。白いプレートメイル、腰には騎士が好んで使う片手持ちのロングソード。左手にはしっかりと大きな盾が装備されている。
「チョコボの方は、私が手配してあります」
彼はそう言うと、フィアンヌを厩舎の方へ案内した。
「今日の目的地はダボイ。…オークどもの本拠地です」
アジュルノーを見て、厩舎の職員が二頭のチョコボを引いて来た。
「おい、ちょっと待て」
チョコボを見たフィアンヌが、思わず声を上げる。
「こいつは、冒険者用の貸しチョコボだろ?あんたには、騎士団配給のチョコボがあるんじゃないのか」
「ああ…」
アジュルノーは、嘆息にも似た溜息をつくと、
「騎士団配給のチョコボでは、あまりに目立ち過ぎます。ですから、今回は冒険者用のチョコボで…という、私なりの配慮だったのですが」
「ふぅん…まあ、アタシが口を出す問題じゃないけどね」
二人はそろってチョコボに跨ると、ロンフォールの森に向かって走り始めた。
「…で」
ロンフォールの森も終わりに差しかかる頃、沈黙をやぶって口を開いたのはフィアンヌの方だった。
「今日の極秘作戦の詳細とやらを、教えてもらおうじゃないか」
彼女の言葉にアジュルノーは大きく頷いた。そして、フィアンヌに併走するため、少しチョコボの速度を落とす。
「私たちの目的は一つ。オークに奪われた重要な作戦書を奪還することです」
「作戦書…」
「その作戦書には、これから展開される予定の作戦が書かれてあります。それがオークに洩れたら…どうなるかは分かるでしょう?」
アジュルノーは真っ直前を見据えたまま、続けた。
「幸い、作戦は暗号文で書かれてあるはずです。解読されるまで、しばらくの間は時間が稼げるでしょう。それまでに作戦書を取り返さないと…」
「…なるほど。で、問題はその作戦書とやらが、ダボイのどこにあるかって事だ」
フィアンヌの言葉に、アジュルノーが大きく溜息をついて頭を振った。
「それが、全く手がかりがないのです。分かっているのは、作戦書を奪ったオークが隻眼であったことと、そのオークがダボイに向かったという事だけ…」
フィアンヌが思いきり大きな溜息をつく。
「やれやれ、大してあてに出来ない情報だな、オイ」
「ええ…私もそれが不安なんです…」
それきり、再び二人には沈黙が降りた。
最期の咆哮を上げ、二匹のオークが同時に地に崩れ落ちる。
「さすがは『岩砕きのフィアンヌ』ですね」
その様子を見ていたアジュルノーが目を丸くする。
「まあ、ここいらのオークは雑魚ばっかりだからね」
と言いつつも、褒められたフィアンヌは満更でもなさそうだ。
今、二人はダボイに入ってすぐのところにいた。無論、オークと言えども、こんなところに奪った作戦書を置いておくわけがない。おそらく、ずっと奥地の、「修道窟」と呼ばれる洞窟の辺りだろう、と彼女は睨んでいた。そこには、サンドリア近辺をうろつくオークの幹部格が潜んでいるのだ。フィアンヌは再び斧を背負い直すと、先に立って歩きだした。
「問題は、その作戦書とやらをどうやって見つけ出すか、か」
彼女の独り言に、アジュルノーが答えた。
「これは、私の予想なのですが」
彼も真っ直ぐ前を見据えながら声を潜めて言う。
「オークどもも、今ごろ暗号の解読を始めているでしょう。だとしたら、戦士タイプのような…そんなオークは解読に関わっていないと思います」
「あはは、つまり脳筋は持ってないってことか」
「え…ええ…。なら、魔道士タイプの、共通語にも通じているオーク辺りが怪しいかと」
「ふん、なるほど。だとしたら結構ベテランのオークじゃないかね。…これは結構やっかいそうだ」
いかなオークと言えども、あまりに力量の差がありすぎる相手には襲いかかって来ない。フィアンヌとアジュルノーに挑みかかってもあっさり敗れることが分かっているのか、見張り役程度のオークは低い唸り声を上げるだけで、二人はすんなりと道を進むことが出来た。
「…さて」
立ち止まる二人。行く手には、屈強なオーク達とその向こうにぽっかりと空いた暗い洞窟の入り口。あの向こうが修道窟だ。
「行きましょうか」
アジュルノーがすらりと長剣を抜く。唇の端を少し釣り上げ、フィアンヌも斧を構える。
「…やるか」
女が動き出すより先に、青年騎士が走り出し、目の前のオークに斬りかかる。背後からの不意の攻撃に、オークが咆哮を上げて拳を振り上げた。と、その瞬間、オークの背後に回ったフィアンヌが、渾身の力を込めて斧をその背中に叩き込む。
「ガァッ」
一撃で深手を負ったオークが、背後の女戦士の方を振り向いた。
「あなたの相手は、この私ですよ」
至極冷静にアジュルノーが斬りかかる。向き直ったオークの拳を盾で受け止めつつ、片手持ちした長剣で敵を二度、三度と斬り付ける。彼が幾度かオークの気を引きつけている間に、背後のフィアンヌが気合いとともに斧を振り下ろした。
「はぁぁあッ」
ざくっ、と一際大きな音とともに、斧の斬撃がオークに叩き込まれた。唸り声を上げ、オークは地面に倒れ込むと動かなくなった。
「…作戦書を奪ったのは、確か隻眼のオークだったね」
汗を拭いながら、フィアンヌがつぶやく。
「ええ」
呼吸を整えたアジュルノーが剣を収め、頷いた。
「まずは、そいつを探すしかないか…」
洞窟の中は、壁も床もびっしりとシダや植物に覆われ、湿った空気の立ち込める陰鬱な場所だった。ここで狩りをする冒険者もいないではなかったが、今日に限ってその姿は見えない。入ってすぐは下り坂が続き、それもすぐに終わると、目の前には広場が広がっていた。物陰からこっそりと広場の中をうかがうと、外よりもさらに屈強そうなオークが何匹もうろついている。あいつら全部倒して行くか?だが、大人数で狩りをするならともかく、今日は二人だけ。しかも、一匹に挑めば、回りのオークは全て加勢に回るだろう…。フィアンヌがそんな事を考えていると。
「ここは、素直に通してもらうしかないようですね。実は、こんなものを持ってきたんですよ」
アジュルノーが、さっと小皿のようなものを取り出した。皿の上には、光によってちらちらと輝く粉末のようなものが載っている。
「プリズムパウダーか。用意がいいな」
フィアンヌがニヤリと笑う。主に視覚によって敵を感知するオークには、自らの姿を隠すのが一番と言うわけだ。
「じゃ、遠慮なく使わせてもらうわ」
小皿を受け取り、彼女は中の粉末を自らに振りかけた。と、みるみるうちに彼女の姿が見えなくなった。それを確認してから、アジュルノーも粉末を自分に振りかける。お互いの姿が見えなくなったところで、二人は素早く走り出した。何も分かっていないオーク達の間を走り抜ける際、フィアンヌは「隻眼のオーク」が辺りにいないか見回したが、それらしい姿は確認できなかった。
広場を抜けてなお、しばらく走り続けた二人は、上り坂の向こうに光が見え始めたところでようやく歩みを止めた。
「そこで止まって」
アジュルノーが鋭く制止する。既に二人ともパウダーの効果は切れていた。
「ここを出た先には、さらに強力なオークがいますから」
フィアンヌが頷くと、二人はそろって出口から外をうかがった。確かに外には数匹のオークがたむろしている。二人は目を走らせ、問題の隻眼のオークがいないかどうか確かめた。
「…いない」
ややがっかりしたような声でアジュルノーがつぶやく。彼としても、一刻も早く作戦書を捜し出したいのだろう。フィアンヌにとっても、早く仕事を終えて、「獅子の泉」で一杯やりたい、と言うのが本音ではあった。
「奥修道かねぇ…」
外の様子をなおもうかがいながら、フィアンヌがつぶやく。この先にしか出入口がない修道窟は、冒険者の間で「奥修道」と呼ばれていた。だが、そこにはほぼ最強クラスのオークがたむろしている事でも有名だった。中には、サンドリアを悩ますオーク軍の大将、バックゴデックを見たという冒険者もいる。
「…あり得ますね」
青年も沈痛な面持ちで頷く。この少人数で赴くには、あまりに危険な場所だ。同時に、彼の中で引っかかっているのが、魔道士の不在だ。彼もフィアンヌも、前線に立って武器を振るう職種だ。後方から前衛を支援する人間がいない。それは、消耗の早さを意味していた。
アジュルノーは無言で立ち上がると、傍らの女戦士を促した。
「さあ、行きましょうか。ここでぐずぐずしていても時間の無駄ですから」
フィアンヌもそれに頷くと、斧を背負い直して立ち上がった。そして、再びプリズムパウダーをその身に振りかけると、奥修道の入り口まで走り出した。
俗に「奥修道」と呼ばれる最奥の洞窟の入り口には、強力な結界が張ってある。オークが張ったものではなく、サンドリアの騎士団がとある魔道士に頼んで張らせたものらしい。それは、内側から屈強なオークが外に出てくるのを防いでいるのと同時に、外部からの侵入者をも強力に阻んでいた。パウダーで姿を隠したまま、二人はその結界の前にやって来た。
「…アタシがこのオーブをかざすから、あんたはさっさと中へ入るんだ」
フィアンヌが、横にいるはずの姿の見えない連れに向かってささやく。彼女は結界突破用のオーブを用意してきていた。随分前に魔道士から譲ってもらったものらしい。
「あなたは大丈夫なんですか?」
姿の見えないアジュルノーがささやいた。二人の回りには、今も数匹のオークがうろついている。声から居場所を特定されることはないはずだが、獲物の気配は感じるらしい。低い唸り声を上げつつ、一層殺気立って来たような気がする。
「いいから、結界が解けたらさっさと中へ走るんだ。いいね?」
言いながらフィアンヌが両手にオーブを抱えた。姿を隠したままでは、オーブは効力を発揮しない。すぅ、と深呼吸してから両手のオーブを高く掲げる。同時に自らの意志でプリズムパウダーの効力を断ち切る。
手の中のオーブが紅く輝くと、目の前にあった見えない壁が薄くなり、消えていった。少なくともそう感じられた。
「早く」
フィアンヌの声に、アジュルノーが走り出す。見えない壁の切れ目に身体を滑り込ませ、そのまま洞窟の入り口へと走り込んだ。と同時に、一匹のオークがフィアンヌの姿を見付け、唸り声を上げて走りよって来る。彼女は小さく舌打ちすると、オーブをしまい込んで青年の後に続こうとした。
オークが結界の内側へ滑り込んだ一瞬ののちに、見えない壁が再び閉じる。仲間のオークも加勢に行こうとするが、結界に阻まれて先へ進めない。洞窟の中へ走り込もうとするフィアンヌの背中へ、オークが片手斧を振り上げる。
「フィアンヌ…!」
この短い距離が何倍にも長く感じられた。アジュルノーが思わず彼女の方へと走り出した瞬間だった。
「ぐッ」
薄い褐色の身体が前のめりになる。フィアンヌの唇からくぐもった声がもれた。ニ、三歩前によろめく。
そこへ、アジュルノーが長剣を抜き払ってオークへ斬りかかった。目の前の獲物にだけ集中していたオークが不意を付かれ、動転する。
「よくも…ッ」
フィアンヌが憤怒の形相で背中の戦斧を抜き払い、オークが動転したところで斧を叩き込んだ。深手を負いながらも、なおもオークが斧を振り上げる。その斬撃をすんでのところでフィアンヌがかわす。薄い金色の髮が数本、宙に舞った。背中側に回ったアジュルノーが、その隙に思いっきり長剣を叩きつけた。背中からの攻撃に、オークがよろめく。その隙を歴戦の戦士は見逃さなかった。力任せに戦斧を振り回し、オークの首に叩き込む。
「グ…ォ…」
首にフィアンヌの戦斧をめり込ませたまま、オークが横に倒れた。
「大丈夫ですか、フィアンヌ」
倒れたオークに目もくれず、アジュルノーがうずくまったフィアンヌの元へ駆け寄った。
「ああ…かすり傷で済んだよ…」
顔はニヤリと笑ってはいるが、彼女の肩口にはオークの斧による傷口が斜めに走っていた。傷口を見て、青年が顔を歪める。彼は小声で何かつぶやいた。それが白魔法の詠唱だと、フィアンヌは自身の傷口が塞がってから気が付いた。
「ああ、そっか。騎士様はケアルが使えるんだったっけ」
「…これは気休め程度ですよ。傷口を塞いだに過ぎません。本職の白魔道士がいれば、また話は別ですが…」
「いいさ、これだけ直れば充分だ」
倒れたままのオークから自分の戦斧を引き抜き再び背負うと、フィアンヌは先に立って歩きだした。
「行こう。お仕事は早く済ませるに限る」
実際に奥修道に行くと、「隻眼のオーク」は呆気ないほど簡単に見付かった。それは大柄な魔道士タイプのオークで、片手に木製の杖を握っていた。そいつが、通路を抜けた先の広場をうろうろしていたのだ。
「……」
意外なほど呆気ない発見に、二人は毒気を抜かれたように顔を見合わせた。
「どうする?」
「どうする?って…捕まえて作戦書の在処を聞くしかないでしょう」
「まあ…そうか…」
フィアンヌが背中の斧を取り出し、そろそろと背後から隻眼のオークへ近よって行く。軽く一撃を食らわせようと斧を振りかざした瞬間…
「ウォォオオォォォォオ」
振り返りもせずに、問題のオークが大音声で吠えた。あまりの事に、フィアンヌの手がびくりと止まる。
「いかん…」
アジュルノーが素早く彼女に駆け寄った途端、彼は既に多数のオークで囲まれていることを悟った。魔道士タイプのもの、戦士タイプのもの、格闘タイプのもの…。何匹ものオークが、ずらりと二人を取り囲んでいる。
「………あ」
フィアンヌが驚きで口をぱくぱくさせた。つい先ほどまで気配も感じなかったのに…。
「愚かな耳長どもが二人も引っかかったぞ」
ゆっくりと隻眼のオークが振り返った。口もとには明らかな嘲笑が浮かんでいる。二人を包囲しているオーク達からも、下品な笑いが起こった。
「…謀られたか…」
フィアンヌをかばうようにアジュルノーが立つと、包囲網が一段と距離を詰めて来た。
「いつか暗号文を取り返しに、耳長どもが来るとは思っていたがな。まさかたった二人でやって来るとは…。サンドリアはそんなに兵力不足か?」
再び隻眼が嘲笑う。
「…お前たちごとき、我々二人で充分だ」
アジュルノーが剣を構える。フィアンヌも我に返ったように身構えた。
「強がるな、耳長」
嘲笑を崩さずに、隻眼が杖を構えた。それを合図に、周囲のオークも身構える。
「…私が血路を開きますから、あなたはそこから逃げて下さい」
フィアンヌの耳朶に、アジュルノーがささやく。
「馬鹿言うんじゃないよ。もう負ける算段かい?」
「この作戦は本来私のものです。あなたを巻き込みたくない」
「…冒険者を安く見るんじゃないよ」
言うが早いか、フィアンヌが手近なオークに斬りかかった。予想外の強烈な打撃に、斬りかかられたオークが倒れる。しかし、それをきっかけに二人を取り囲んでいたオークが二人へ押し寄せて来た。